2017年3月13日は、ところクリーニングの50回目の誕生日でした。
先代の所健次は、中学を卒業した次の日に、岐阜へ丁稚奉公に出ました。
そこで8年間修業した後、揖斐川町に戻り、昭和43年、自宅を改造して、ところクリーニングを開業します。
それから、50年が経ちました。
過程の数字に、大きな意味を持たせることはしませんが、子供が節目の年齢に差し掛かると、今までを振り返り、そして今後を考えるように、ところクリーニングの50周年に対しても、同様の思いが生じます。
「若さゆえ」で笑い飛ばして頂きたいのですが、若い時分は、「誰かのおかげで今がある」などと、考えることはありませんでした。
軋轢を避けるために、薄っぺらい表現として使ったことはありますが、本意ではなかったと思います。
しかし、二代目の私も世間ではアラフィフと呼ばれる年齢になりました。
あらためて50周年と言う節目に立って考えると、今があるのは、出会った人達のおかげだと、素直に感じるようになるものです。
縁が濃い人、薄い人、様々ですが、ところクリーニングの骨格を作るきっかけを与えてくれた人に、共通して言えるのは、その人と付き合うのは面倒くさいと言う点です。
面倒くさいと感じるのは、「やった方が良いのだけれど、楽したいから、躊躇している」状態です。
面倒くさがりの私は、新しい世界に連れて行ってくれる人や、課題を与えてくれる人を歓迎しませんでした。出来るならば、今まで通りのことを続けて、楽をしたいのが本音です。
しかし、そんな面倒くさい人達が、私の背中を押し続けてくれて、50年と言う節目に辿り着かせてくれました。
現在、職人と従業員の前で、必ず言う言葉があります。
「面倒くさいと思えることが無い状態は危険信号です。面倒くさいことをやりましょう」
手前どもの社是をご披露するなど、恥ずかしい限りですが、50周年と言うことで、お許しください。最後に、ところクリーニングにとって、私にとって、今までで一番面倒くさい人、先代、所健次に感謝いたします。本当に、ありがとうございます。
(2017年3月 所 幸孝)